鬼さんこちら <9>


 工場内部に侵入した桂丞は、周囲の気配を張り巡らせながら朔刃を探していた。
「一体何処に居るんだ!!」
 現在は朔刃から切り離された状況下なので、アートの時の様に簡単に朔刃の元に辿り着く事が出来ずにいた。
 あちこち走り回り、2階に続く階段に向かおうと、吹き抜けのホールに入った。



「来ましたか」

 上の方から男の声が聞こえたので声の方向に目を向けると、2階から蓮弥が下に居る桂丞を見下ろしていた。

「・・・・・・蓮弥!!」

 この顔、名前、声。
 決して忘れる事は無かった。

「覚えていましたか。樹嶋桂丞君」
「忘れる事は無い。俺達から全てを奪ったあの日から、俺は1日たりとも貴様の事を忘れずにいたからな」
「そうですか。僕もです。君の妹を救い様の無い絶望に堕とす方法をずっと考えていましたからね」
 静かに怒りを溜めている桂丞に対し、蓮弥は口調は穏やかであるものの、目だけは笑っていない。

「朔刃さんが心配ですか?妹想いのお兄さん?」
「その口で妹の名前を呼ぶな!」

 桂丞は今すぐにでも蓮弥に攻撃を仕掛けて行きそうな状態だが、朔刃は蓮弥の手に有るので迂闊に近付く事すら出来ずにいる。
「朔刃さんに、どうしても会いたいのならば会わせますよ?その代わり、その物騒な物を捨てる。僕には一切の攻撃をしない事が条件です」
 常套手段に出たと思いながらも両手に持っていた刀を消し去り、その場に立ち尽くした。
「有難う御座います。では・・・・・・」

 パァン、と言う銃声が周囲に広がった。

「っ、・・・・・・貴様っ・・・」

 桂丞は左肩を押さえたまま、上に居る蓮弥を睨んだ。
 蓮弥は、片手に小型の銃を持っており、それを桂丞に向けて発砲していたらしく、銃口からは薄っすらと煙が出ている。

「『僕には』一切の手出しをしないとの約束でしたよね?『僕からの』攻撃はノーカウントですから」

 クスクスと笑いながら言う。










「この方達・・・・・・!あの時に会った人達ですぅ!」

 桂丞より遅れて到着した空路・笹女・橘の3人は、入口付近で桂丞に倒されていた莉那と修介と会った。
「でも、気ィ失ってるみたいだな」
「桂丞だな。今のアイツには3人を相手にする事なんて朝飯前だろうな」

 そこまで話していた時、工場の中から一発の銃声が聞こえた。

「!!?」

 3人は周囲を見回してみたが、桂丞の姿も蓮弥の姿も見えない。
 続けて、等間隔的に数発の銃声が立て続けに聞こえて来た。
「おい・・・・・・ヤバイんじゃねぇか?」
「・・・・・・かもな。急ぐぞ、2人共、アートをすぐ動かせる様にしておけ!」
「出な、ブレイク!!」
「伊厘!!」
「函!!」
 3人は自分のアートを出現させると、工場の中へ走った。












「何?今の銃声・・・・・・」
 部屋から抜け出せた朔刃は、工場内に響いた銃声音に足を止めた。
 蓮弥が「誰かが助けに来た」と言っていたのを思い出し、もしかしたら誰かが・・・・・との思いに駆られた。
「考えても仕方無いわねェ。蓮弥を探さなきゃ・・・・・・」

 蓮弥を探し当てた所で何が出来るのかは判らない。
 しかし、今は蓮弥をどうにかしないといけない。
 蓮弥の矛先は自分に有るのだから、蓮弥を止める事が出来るのも自分しか居ないと悟ったのだ。
















「大したものだ、中々粘れるものですね」

 蓮弥の凶弾を浴び続けている桂丞。
 致命傷には至らないものの、撃たれた数が多い。
 蓮弥は桂丞に止めを刺す様子は無く、手が出せない桂丞が傷を負って行く様を愉しんでいる。

「―――――でも、まだ面白味が無いですね」

 そう言うと、何度目か判らない銃声を立てた。
「っ・・・・・・!!」
 銃弾は桂丞の右太腿を掠めた。
 桂丞の足元は、弾痕から流れた落ちた鮮血で点々と紅く染まっていた。
「まだ耐えれる様ですね」
 そう言いながら、トリガーを引いた。


「蓮弥、桂丞!!」


 ホール内に響いた声に指を止め、ホールを覗き込んだ。
「・・・・・・空路君」
 其処に居たのは見覚えの有る男、樹嶋家の現当主・樹嶋空路の姿だった。
 空路に続き、笹女・橘もやって来た。

 3人は、傷だらけで立ち尽くしている桂丞を見ると、思わず駆け出そうとしたが


「黙って下さい、其処に居る彼と―――――朔刃さんの命は、此方に有る事を忘れずに」


と、3人を制する。
「てめぇ、卑怯だぞ!!」
 思わず橘が叫ぶが、蓮弥は特に気にする様な素振りは見せなかった。
「別に、君が彼や朔刃さんを助けても構いませんよ?その時は、君が動いた瞬間に―――――」
 話の途中だったが、躊躇もせずに再び引き金を引く。
 銃声が響き、銃弾は桂丞の頬を掠め、頬からツーと血が流れ出た。
「つ・・・・・・」
 桂丞は手の甲で傷を拭ったが、それでも流れる血は止まらない。
「桂丞さん・・・・・・!」
 笹女が伊厘に桂丞の傷を治させようと合図を送ったが、
「おっと、笹女さん。貴女も手を出したら・・・・・・まぁ、言わなくても判りますよね?」
 蓮弥の言葉に驚愕しながらも冷酷な言葉にキッと睨んだが、空気を読んだ空路が其れを制した。
「先代の愚行が大っぴらにされていないとは、愚行と知っていても冒涜ですよ」
「蓮弥・・・・・・お前は一体何が目的なんだ!!」
 空路が叫ぶと、しれっとした様子で口を開いた。



「・・・・・・樹嶋を没落させるだけです」


 其れは、あまりにも単純な答えだった。



   














「・・・・・・危なかった」

 冷や汗を感じつつ、物陰に身を潜めている朔刃。
 歩き回っていたのだが、曲がり角を曲がろうとした先に蓮弥の横姿が見えた。
 いきなり飛び出すのは自滅行為だと思い、出るに出れずに居た。

 幸いな事に、朔刃が隠れているこの場所は蓮弥からは完璧な死角の位置らしく、蓮弥が朔刃の姿に気付いた様子は見られない。
 その反面、朔刃からは蓮弥だけしか見えないので、蓮弥の視線の先で何が起こっているのかは確認出来ずにいた。
 蓮弥達の会話は途中から聞いていたので、何の話をしているのかは判らなかった。
 

 それでも尚、蓮弥は話を続けていた。


「彼女が・・・・・・僕には彼女が一番の邪魔者でしたね」


 蓮弥の其の言葉が聞こえた瞬間、朔刃の頭の中でピンッと糸が張られた気がした。


「・・・・・・?」


 朔刃は訳も判らず頭に手を触れてみたが、何か判った訳では無かった。




「多少の推測はしてました、隠しているだけで彼が彼女のアートなのでは・・・・・・と」
 そのまま蓮弥の声が聞こえて来たが、やはり何の話をしているのか判らない。



「全く・・・・・・余計な手間を掛けたモノですね」



 蓮弥の悪態が聞こえた瞬間、頭の中に張られた糸が音を立てて弾いた。





『チッ・・・・・・余計な手間を』





 聞いた事は有る、しかし覚えの無い言葉が何処からか「聴こえた」。
















 その瞬間、朔刃は頭で考えるより先に――――――飛び出した。






「蓮弥ァァァァァ!!!!!」












登場人物紹介
●樹嶋朔刃/アート消失中
●樹嶋笹女/アート:伊厘(人型)

●樹嶋橘/アート:ブレイク(物型)

●樹嶋空路/アート:函(獣型)

●樹嶋蓮弥

●桂丞

  • 最終更新:2010-06-17 00:29:35

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