鬼さんこちら <5>


 寂れてはいるものの、かなり広い一室から数人の喋る声が聞こえる。
「凄いわね、アート使いともあろう者が一般人にアッサリと捕まるなんてね」
「凄いのは蓮弥だ」
「おっ、今日も橙宕の蓮弥崇拝節が炸裂してんじゃん」
「褒められるのに悪い気はしませんよ」




 此処は、蓮弥達の溜まり場として利用している廃工場。

 朔刃は鉄骨が剥き出しになっている鉄柱に縛り付けられていた。
「・・・・・・」
 あの場所で気を失い、気付いた時には既に此の状態だったので、取り敢えず人質になっている状況は理解した。
 都綺に呼び掛けてはいるが反応は見られない。
 記憶に残っている「アートは消去した」との話が紛れも無い事実と云う事に関しては、信じたくないと言う気持ちの方が強いので半信半疑でいる。
 紅一点・莉那が徐に朔刃に近付き見下ろした。
「アートを無くした気分はどうかしら?とても心細いんじゃなくて?」
 皮肉な笑みで嘲笑してみせるが、朔刃は軽く睨み付けた。


「悪趣味」


 パァンッ!

 突然乾いた打音が聞こえ、蓮弥・橙宕・修介が音の方へ顔を向けると、莉那が怒った様子で朔刃の頬を打っていたのだ。
「・・・・・・呆れた。自分の置かれている立場、判っていないのかしら?」
 朔刃は頬の痛みに耐えながら、黙って莉那を睨む。
「莉那さん。大事な人質なんですよ。勝手に傷付けたら可哀想でしょう?」
と、憤る莉那をやんわりと制する。
「蓮弥・・・・・・だって・・・・・・」
「莉那さん?」
「・・・・・・・判ったわよ」
 渋々ながらも、蓮弥の言う通りに手を下ろした。朔刃を睨みながら一歩引く。
「申し訳有りませんね、莉那さんには注意しておきましたよ」
と、朔刃を気遣う素振りで謝罪した。
「勝手にされたら、僕の出る幕が無くなりますからね」

 最後の言葉と同時に、鋭い蹴りが朔刃の鎖骨付近に直撃した。

「が・・・・・・っ・・・・・・」
 突然の事に、息が一瞬止まった気がしたが、蹴りの衝撃で激しく咳き込んだ。
「!!?」
 予想外な蓮弥の行動に朔刃は勿論の事、3人は自分の目を疑った。
「莉那さん」
 莉那に背中を向けたまま、呼び掛ける。
「な、何?」
 ビクリとしつつも、問い掛けに応じる。

「例え大人気ないとか言われても構わないですが・・・・・・僕以外、莉那さんも橙宕も修二も。もし君達が彼女に手を掛けたら―――――」

 刹那、空気が変わった。


「今みたいな事だけじゃ許しませんから」


 3人はゾッとした。
 やんわりとした口調での注意だが、顔が見えない分、余計に冷たさを感じる。
「判ったよ」
「判った」
「ご、ごめんなさい・・・・・・気を付けるわ」
と、それだけ言うのが精一杯だった。
「ちょっと悪いんだけど、彼女と2人きりにしてもらえないかな?」
 振り返ると笑みを浮かべていたが、目だけは笑っていなかった。
 3人はそれぞれ頷くと、足早に部屋を出た。


「ワタシ達・・・・・・とんでも無い人に付いちゃったのかしら?」
「・・・・・・性格だろ」
「ああいう所が無ければ、超完璧なのにな」







「さて、ようやく2人きりになれましたね」

 まるで先程は何も無かった様な素振りで蓮弥は静かに話掛けるが、朔刃は未だ小さく咳き込んみながら鉄柱に凭れていた。
「貴女の事は色々と調べさせてもらいましたよ」
 メモを片手に、調べた事を次々と並べ出した。
「私立風見ヶ原学園高等部2年、剣道部所属。成績は中の上。元々は私立春蘭学院の生徒で中等部卒業後、風見ヶ原学園に編入。それは春蘭学院に於けるアート能力者の優待制に疑問を持って編入したとの噂」
 朔刃は耳を疑ったが、明らかに自分の素性に間違い無いので反論が出来なかった。
「しかし、此処まで判っているのに、まさか貴女が――――――」
 そこまで話した途端、朔刃には蓮弥が次に何を言うのかが判った気がした。


「記憶喪失を患っていたなんて」


 もう何年も何度も言われ続けた言葉。
 自分がそれに気付いた幼い頃は友達に「気持ち悪い」と言われていたのだ。
 子供ながらの素直な意見が故、朔刃の心に深い傷を負わせた。

 しかし、その後に出て来た言葉は予想を大きく外れていた。




「なかなか凝ったカモフラージュでしたね。すっかり騙されていましたよ」



「・・・・・・カモフラージュ?騙す・・・・・・?」
 蓮弥の話の意味が全く判らず、朔刃は戸惑うばかりでいる。
 朔刃の様子を見ると、今度は蓮弥が驚いた表情を見せた。
「樹嶋朔刃、貴女は本当に何も知らないのですね。いや、知らされていなかったんですか?」
 フゥと溜息を吐くと、


「貴女の存在自体が僕には邪魔だったのです。此の世からも彼の世からも消えてもらいたかったぐらい・・・・・・」


 朔刃を拒絶する冷酷な言葉を発した。



「黙っていては聞きたい事も聞かせたい事も無駄になりますよ。全く、何処までも強情な御嬢さんですね」
 朔刃は溜息を一つ吐くと、蓮弥の方に顔を向け、久し振りに口を開いた。
「仕方無いでしょう?本当に過去の記憶は一切合財無いんだから」
 そう言うと、暫くの沈黙の後に眉を顰めて再び口を開いた。
「直接的な原因は事故だったと聞いてるわ。どうかしら、これで間違い無いでしょう?」
 蓮弥と一対一で居るのに限界を感じたのだろうか、自分が知っている唯一の情報を搾り出した。
 しかし、蓮弥は未だ納得出来ないと言いたい様子を崩さない。
「・・・・・・それだけですか?」
「アタシが自分から進んで過去の話をするのは貴方が初めてよ。だからもう、本当に教えれる事は無いの」
と、首を横に振った。

「そうですか。僕は、貴女のアートを・・・・・・いや、貴女の全てを奪う事を生甲斐にしようと思っていました・・・・・・・」


 先程言い放たれた拒絶の言葉とは違う。




「貴女を再び壊せる時が来るとは夢にも思わなかった」





 無邪気で嬉しそうに嗤っていた。
 しかし、蓮弥の本当の笑顔に見えた気がした。



















 橘と笹女を連れて本家裏手の林の中を歩きながら先頭を歩く空路の話に耳を傾けていた。
 笹女は空路に同行を心配されていたのだが、朔刃の事となれば話は別。
 助けたい一心で同行していた。
「10年前・・・・・・・・何かあったのか?」
 橘は10年前の記憶を遡ってみるが、自分が小学生でサッカー少年だった事しか思い出せない。

「樹嶋家で大きな事件が起こった。しかし、トップと一部の人間以外には事の全容が知られていない」
「・・・・・・・緘口令かの?」
「そうだ」
 空路の説明に応じたのは伊厘だった。
 緘口令が出される程ならば、安易な問題では無いと云う事に直ぐ気付いた。


「更に遡ると・・・・・・・16年前だな」










登場人物紹介
●樹嶋朔刃(きしま さくば)/17歳/青鋭鳳
アート消失中
●樹嶋笹女(きしま ささめ)/17歳/黒清蝶
アート:伊厘/人型

●樹嶋橘(きしま たちばな)/樹嶋家・分家/21歳/黒瞬虎
アート:ブレイク/物型

●沢 修介(さわ しゅうすけ)
アート:漁火(いさりび)/獣型
●有崎 橙宕(ありさき とうご)
アート:カサロス/人型
●平丸 莉那(ひらまる りな)
アート:蛇鞭(じゃべん)/物型

●樹嶋空路(きしま くうじ)/樹嶋家当主/黒快蟲
アート:函(かん)/獣型

●蓮弥/?

  • 最終更新:2010-06-17 00:24:51

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