鬼さんこちら <3>


 一方、3対1を余儀無くされている朔刃。
 右手に都綺の刃身、左手に鞘を持っている。
 カサロスと蛇鞭からの同時攻撃に手を出せず、防戦に徹していた。
 右側の攻撃を避けると、左側の防御が間に合わない。
 既に息が上がり立っているのがやっとと云う状況で、身体中に痛みが走り思う様に動けない。




「そろそろ限界の様ね」
 莉那は腕に力を込めながら後方に鞭を撓らせると、一気に朔刃目掛けて打ち付けた。
 避ける事も防ぐ事も出来なかった朔刃の身体にパァン!と云う高い音を鳴らした。
「うあ・・・っ・・・」
 鞭の流れに沿う様に横に吹き飛ばされ、その勢いを付けたまま地面に倒れた。
「ぐっ・・・・・・」
 倒れこんだまま小さく呻くと、手から零れた都綺に手を伸ばす。
「動くな」
 頭上から聞こえた声と同時に伸ばした手が踏み付けられた。
「痛・・・・・・っ」
 顔だけ上に向けると、戦闘に参加していなかった男が朔刃を見下ろしている。
 男は朔刃と都綺を交互に見ると、まるで憎い物を見るかの様な表情に変わった。
「1つ、教えておく」
 そう言いながらも、踏み付けた足に込める力は変わらない。
「樹嶋笹女が居れば、充分な盾で当主に堂々と太刀打ち出来るかも知れない。だが、それは建前の話」
 男が話し始めると、戦闘していた2人は後ろに引いて様子を見ていた。
「隠したつもりでも、何らかの痕跡が残ってしまう。それを見逃しているのは呆れた話。でも、僕には好都合でした。樹嶋朔刃、貴女は僕にとって存在自体が邪魔ですからね」
「え・・・?」
 話が判らないので自分には関係の無い話だと思っていたが、その話の内容が自分に向けられ思わず戸惑った声を出す。
 朔刃の横に移動して屈むと、右手の手袋を外して朔刃の手首をギュッと掴んだ。
 その瞬間、身体中から力が吸い取られた様な衝撃が走った。

「っ・・・・・・、うあああぁっ!!!」

 甲高い叫び声が周囲に響いた。
 そして、ぐったりと力無く身体を地面に預けてしまった。
 都綺を握る手に力が入らず、地面に転がった。
「つ・・・・・・都、綺・・・・・・っ・・・・・」
 震えた声で都綺に呼び掛けるが、都綺からの反応が無い。

「ぇ・・・・・・?」

 否、「反応が無い」と言うより「存在が無い」と表現した方が正しい。

「気付きましたか?アートからの反応が無いのでしょう?」
 呆然としながら男と落ちた都綺を交互に見比べてみた。
 都綺は目の前に有るのだが、都綺の「存在」が無くなっていた。
「ウソ・・・・・・・・・」
 男は一つ溜息を吐くと、腰を下ろして乱暴に朔刃の髪を鷲掴みにして目線を自分と同じ高さに合わせ、ハッキリと言い放った。


「貴女のアートは僕が消したんですよ」


 その言葉を耳にした瞬間、疲労しきっているにも関わらず、考えるよりも先に身体が動いた。
 髪を掴まれた手を払うと体勢を直しながら片手を付き、身体を支えながらハイキックで男の胸部を蹴り付けた。
 蹴りは油断していた男に直撃し、その場に崩れ落ちた。
 朔刃は目を見開きながら男を睨んで叫んだ。

「っ・・・・・・ふざけないで!!アタシのアート・・・都綺を返しなさい!!!」

 アート無しで来るとは思っていなかったので、男は軽く驚きながら咳き込んだ。
「・・・・・・女性だと思って、甘く見ていたが、どうせ今は一般人レベル。莉那、もう片付けて下さい」
「えぇ。蛇鞭、行きなさい」
 男の合図を聞くと、アートの蛇鞭を撓らせると1本の棒の様な形に変化した。
 そして満身創痍で防御すら出来ない朔刃の胸元に突き付けた。
「ぁ・・・・・・」
 自分に何が起こったのか判らなかったが、悲鳴を上げる事も無く静かに地面に倒れた。
 同時に、意識がフェードアウトして行くのを感じた。
 恐らく、アートの先程の行動には麻酔の様な効果があったのだろう。
「軽くしておいたから、1時間で効果が切れるわよ」
「充分です。それじゃ、移動しましょう。橙宕、車を出して下さい」
 橙宕はコクリと頷き、少し離れた場所に停めていた車を取りに駆け出した。
「カサロス、彼女を逃がさない様に」
「うん」
 橙宕のアートのカサロスは、地面に倒れた朔刃を抱えた。
「修介に連絡しておいた方がイイんじゃないの?」
「あ、そうでしたね。じゃ、僕が連絡しておきます」
「そう?じゃ頼んだわよ、蓮弥(れんや)」


 呼ばれた男の名前は「蓮弥」
 その情報を最後に、完全に意識が途切れた。























 笹女と伊厘は、朔刃と別れた場所へと引き返して来たが、既に誰もいなくなっていた。
「・・・・・・朔刃ちゃん・・・・・・」
 周囲を見回してみるが、誰かが居た形跡すら残っていない。
「アートバトルが起こっていた様じゃ。しかし・・・・・・朔刃と都綺の気配は残っておらぬ」
 伊厘が周囲を探索してみるが、情報と言えるものは見当たらなかった。
「笹女。朔刃達は此処で奴等と戦っておった。しかし、その後どうなったかまでは分からぬ。やはり・・・・・・」
「笹女達は、朔刃ちゃんから引き離すだけの材料だったって事ですねぇ~・・・・・・」
 口を一文字に結んで、冷静に現状理解する事が精一杯だった。
 バイクを走らせた橘が2人に追い付いた。
「一体、どうしたってんだ2人共?変な男に追われたり、急にどっか行ってしまったり・・・・・・」
 急いで笹女達を追い駆けたので、橘はヘルメットを被っていなかった。

「・・・・・・確信は出来ないけれど、朔刃ちゃんが何者かに攫われたかも知れないのですぅ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・へ?」

 予想外の回答に、橘は目を見開いた。
「ちょっと待てよ・・・・・・何だ、その笑えない冗談?」
「橘君と会う少し前に、この場所で数人の方々が笹女を狙っていたの~。でも、朔刃ちゃんが橘君に援護を頼むって言って、笹女達を逃がしてくれたの~」
 笹女の話を聞き、ようやく状況を少しずつ理解し始めた。
「って事は、さっきの男が笹女を追い駆けて、その間にその数人の奴等と朔刃が戦っていたって事か?」
「奴の去り際に言った事が当たっておったのじゃ。笹女に向かって「役に立った」と言っておったじゃろう?恐らく、朔刃達と離させる事が目的で、わざと笹女に注意を逸らさせておった・・・・・・」
 確信に近い推論を出した3人は黙ってしまった。

「ん?」
 橘が目を向けた先に、見覚えの有る物が見えた。
「都綺!!」
「えっ!?」
 樹木の幹に改造が施された風学制服の上着を突き刺している様な状態の日本刀、つまり都綺を見付けた。
「この上着、朔刃ちゃんのですぅ!!」
「何だって!?おい都綺、てめぇ一体何してんだ!?朔刃はドコ行ったんだよ!!」
 木から都綺を抜くと、声を荒げて問い掛ける。
 乱暴な素振りに笹女が橘を宥め様としたが、橘は都綺の異変に気付いた。
「なぁ笹女、都綺って・・・・・・朔刃の日本刀型アートで、すっげぇ毒舌なアートだよな?」
 橘は鞘から刃身を抜くと、戸惑いの色を浮かべた。



「都綺の気配が全然無いんだ」











登場人物紹介
●樹嶋朔刃(アート/都綺)
●樹嶋笹女(アート/伊厘)

●樹嶋橘(アート/ブレイク)

●沢修介(アート/漁火)
●有崎橙宕(アート/カサロス)
●平丸莉那(アート/蛇鞭)

●蓮弥

  • 最終更新:2010-06-17 00:22:11

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