鬼さんこちら <2>


 一方、笹女と伊厘は裏路地に入り込んでいた。
 闇雲に逃げていたのでは無い。
 街中でアート同士の能力が衝突しない様、周囲に被害を与える事を避ける為だった。

「笹女、橘の家まで・・・・・・あと少しじゃ。もう少し待っておれ」
「うん・・・・・・」

 伊厘は笹女を不安がらせ無い様に穏やかな口調で話す。
 しかし、内心は穏やかでいられない。
 仲間の1人、修介と呼ばれた男とアートの漁火が追って来ている事に気付いていた。





 不安な考えを張り巡らせていた刹那、笹女の身体がふわりと宙を舞い、その勢いで地面に衝撃と共に叩き付けられた。
 驚きながらも起き上がろうとした先に見えた光景に凍り付いた。

「・・・・・・っ、・・・い・・・・・・伊厘!!」

 伊厘が肩口から血を流して倒れていた。
「伊厘、伊厘!!」
 紫色の羽根が鮮血で紅く染まって行く。
 笹女は慌てて抱え上げると、力を失った様に全長5cmほどの姿で笹女の掌に収まったが、伊厘を抱えた掌は紅く染まった。

「いやぁぁ!伊厘、しっかりしてですぅ!!」

 目に薄っすらと涙を溜めながら伊厘に向かって叫ぶが、荒い呼吸だけが精一杯の様子だった。


「漁火、ヒット」


 背後から間の抜けた様な声が聞こえた。
 振り返ると、先程の男性・修介とアートで黒豹の漁火が居た。
 見ると、漁火の牙から紅い液体が滴っていた。そして血塗れの伊厘。
 笹女は伊厘をしっかり抱えると、修介をキッと睨んだ。

「貴方、笹女の大事な伊厘に酷い事をしました」

 朔刃だったら挑戦的な啖呵を切るんだろうと思いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「酷いって言われてもな。俺はキミを追えって言われただけだし」
 飄々としながら関係無いと言いたげな様子でいる。

「伊厘は・・・・・・笹女が、護るですぅ」

 伊厘を片手に持ち、スカートの中から折畳式の棍を取り出すと瞬時に長さ約2mの棍を組み立てた。
 修介は口笛を吹いて面白そうだと言わんばかりの表情を見せた。
「キミ、随分と物騒な物を持ってるんだな。で、ソレでどうしようってんだ?」
「・・・・・・・・」

 笹女に抱えられた伊厘の身体が、笹女に吸い込まれたと思ったら、笹女の身体に変化が見えた。

 顔には伊厘と同じ3種類の模様、背中に紫色の羽根、淡い紅の瞳の色。
 伊厘を自分に憑依させる事でアート能力を最大発揮する事が出来る。
 しかし、伊厘は傷を負っているのでどこまで負担が掛かるのか判らないが、戦闘の要である朔刃が不在しているので自分で何とかしなければならないのだ。

 両手で棍を持ち、型を組んで修介と対峙する。


「樹嶋流―――――」

 修介と漁火の目の前に居た笹女の姿が一陣の風と共に消えた。
「あれ?」
 笹女の姿を見失い、目を凝らした刹那

 ダンッ!!

 修介は自分の視界が反転したと思ったら、地面に仰向けになっていた。
 視線を泳がせると、笹女が中腰の体勢で棍を斜めに構えている。


「参の型、静崩」


 伊厘の能力も加え、人間離れの素早さと攻撃力を発揮した。
 生身の戦闘力であれば朔刃の方が格段に上なのだが、笹女はアート使いのエリート集団【ホワイト・アンク】の一員でもあるので、アート使いとしての能力は朔刃を上回る。

 地面に倒れた修介に棍の先端を突き付け、静かに問う。
「貴方達は、どうして笹女を狙っているのですぅ?」
「・・・・・・」
 その問いには無言で返す。
「・・・・・・話せない、と言う事ですか~?」
 キュッと下唇を噛んで修介を睨んだ。



 共に一歩譲らずと云う状況。

 と、その時。
 バイクの走行音が響き渡り、2人の沈黙を破った。
「笹女!!」
 被っていたヘルメットを外しながらバイクを降りた。
「橘君!!」


 赤茶で短髪の男性。
 樹嶋 橘(きしま たちばな)

 伊厘と憑依していた時に、交渉能力を使って橘とのコンタクトを取っていた。
 運が良かったのか、橘は家でヒマを持て余していたので笹女からの緊急の連絡を受けて急いで飛び出して来たのだが、笹女の様子を見て状況を読み取った。

「おい。ソコの兄ちゃん。次はオレが相手してやろうか?」
 挑発的に言い寄った時、ピピピピピ・・・・・と、携帯電話から着信音が響いた。
 胸ポケットから携帯電話を取り出すと、メールだったらしく画面を数秒見るや否や再びポケットに仕舞い込んだ。
 ひょこっと立ち上がり、漁火を呼び寄せた。

「ちょっと用事が出来たから、途中だけど帰らせてもらうよ」
 そう言いながら、漁火に跨った。
 驚いたのは笹女と橘だ。
「待って下さいですぅ!何で・・・ですかぁ?」
 笹女の問いに、少し考えた後に短く答えた。
「俺の仕事、これで終わったからな・・・・・・あ、そうだ」
 言いながら笹女を指差す。


「キミ、確かに役に立ったよ」


 そう言い、漁火と共に2人の視界から消え去った。


 そして残された笹女と橘。
「っ・・・・・・」
 小さな声を上げ、地面に座り込むと同時に、笹女の身体に憑依していた伊厘が未だ血塗れのままズルリと出て来た。
「伊厘!?お前、血塗れじゃねーか!?おい大丈夫か!?待ってろ。ブレイク、治癒を!」
 橘は慌てて左手首に巻かれていたブレスレット型の物型アートの【ブレイク】に呼び掛けた。
 ブレイクはシャランと金属音を鳴らしながら伊厘の周囲に霧を発生させた。その霧が傷口に降り注がれると、血痕と共に傷が塞がった。
「ぅ・・・・・・笹女?」
 ぼんやりとしながらも、伊厘は心配そうにしている笹女と橘を交互に見た。
「うぁぁぁん!!伊厘、無事で良かったですぅ!!」
 目に涙を浮かべながら、がばっと伊厘に抱き付いた。
「橘君が助けに来てくれたのぉ~それで、伊厘の傷を治してくれたのも橘君なのぉ~!」
「そ、そうじゃったのか。心配させて済まなかったの。橘、礼を言う。助かった」
 伊厘が笹女を宥めながら橘に頭を下げた。
「よせよ、柄でもねぇさ」
と、軽く制した。
「ところで、お前等2人だけって珍しいな。朔刃の奴はどうしたんだ?一緒じゃ無いのか?」
と、橘の質問に2人は顔を見合わせた。
「朔刃ちゃん!」
「追手に気を取られておって忘れていた・・・・・」
「早く戻らなきゃ!!朔刃ちゃん1人で戦ってる・・・か、ら・・・・・・」
 勢い付いて立ち上がったが、突然笹女の口調の歯切れが悪くなった。


『キミ、確かに役に立ったよ』


 修介の最後の言葉が頭を過ぎった。

「もしかして・・・・・・わざと笹女達を朔刃ちゃんから離す様に計算していたとしたら・・・・・・」
「・・・やられた・・・・・・笹女、掴まっておれ!戻るぞ!」

 笹女と伊厘は一つの仮定を浮かべると、現状が分かっていない橘を置いて朔刃の元へと駆け出した。


「笹女!?伊厘!?・・・・・・っ、何なんだよ一体ッ!?」


 考えても埒が明かないので、橘は慌ててバイクに飛び乗り2人の後を追った。


















登場人物紹介
●樹嶋笹女(きしま ささめ)/風見ヶ原学園生徒・高等部2年/17歳/黒清蝶
アート:伊厘/人型
●樹嶋橘(きしま たちばな)/樹嶋家・分家/21歳/黒瞬虎
アート:ブレイク/物型

●沢修介(さわ しゅうすけ)
アート:漁火(いさりび)/獣型

  • 最終更新:2010-06-17 00:20:35

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