鬼さんこちら <10>


 突然響き渡った声に、蓮弥・空路・橘・笹女、そして桂丞は声の方向を見た。


 蓮弥は慌てて狙いを朔刃に定めたが、朔刃の一撃の方が速く、持っていた銃を叩き落した。
 体勢を整えようと、手摺に身体を預けた時だった。

 腐食していた手摺がバキンと音を立てて折れた。

「え」

 身体が宙に浮かんだと思った瞬間、そのまま真っ逆様に落下して行った。

「朔刃ちゃん!!」
 笹女が叫ぶと、伊厘が、ブレイクが、函が一斉に飛び出した。


 手摺と鉄パイプの金属音が床に転がった音が響く。





 カランカラン・・・・・・



 金属音の余韻が響く中、笹女は恐る恐る目を開けた。

 其処には、朔刃を抱き抱えた桂丞が居た。
 3人よりももっと速く動いて、朔刃を救出していた。

「朔・・・刃・・・・・・ちゃ・・・ん」

 緊張の糸が切れた笹女は床に座り込んだ。

「・・・・・・っ、行かせねぇ!!」

 上で見ていた蓮弥は弾かれた銃を拾おうと駆け出すが、目聡く気付いた橘はブレイクを伸ばすと、床に転がった銃を絡め取って自分の元へと手繰り寄せた。
 橘に続くかの様に、空路は函を子猫の大きさから豹の大きさに変化させるや否や合図を出す。
 伊厘は桂丞の前に立って防御壁を発動。
 函は前足を振り上げると、その勢いを付けたまま蓮弥を踏み付けると床に這わせて蓮弥の動きを封じた。
「バナ、函のフォローしてやれ」
「あぁ」
 空路に言われると奪った銃を床に捨て、ブレイクを使って蓮弥を拘束する。
「ぐ・・・・・・」
 蓮弥は抵抗する間も無く、あっさりと拘束された。
「伊厘」
「判っておる」
 もう大丈夫だと判断した笹女は伊厘に防御壁を解除させると、桂丞に治癒魔法を施す様に指示を出す。
 桂丞の身体に水滴が滴り落ち、それが傷口に入り込むと一瞬で傷が消え去った。

「桂花、桂花・・・・・・」
 桂丞の腕に抱えられた朔刃は、落下した時に気を失っていたらしく、意識は有るものの反応は無かった。
「桂丞、あまり動かすな。外傷は見られないが・・・・・・診てもらう必要は有るからな」
「・・・・・・・・・あぁ」
 空路に言われるが、朔刃を放そうとはしなかった。
「空路、終わった・・・・・・のか?」



 次の瞬間、突風が起こった。


「蓮弥!!」
 其処に居た誰の声でもない声が響き、一同は声の出所を探る。
「今・・・・・・行く!」

 6人が居る中に、誰かが飛び込んで来た。
「カサロス、蓮弥を連れて来い!」
 蝙蝠羽を持つ少年の姿の人型アート。
 そして、マスターの橙宕が2階から身を乗り出して叫んでいた。

 カサロスが目をカッと見開くと、蓮弥への拘束が解けた。

「蓮弥、掴まって!!」
 その声に応じて手を伸ばすと、カサロスは両手で蓮弥の手を掴んだまま2階に飛び移った。
 
「白嵐障壁陣!!」

 3人の周囲に風で形成された防御壁が造られた。

「コイツ・・・・・・黒流っ・・・」
「バナ、止めろ!!」
「!?」

 橘が3人に向けて黒流破を撃とうとしたが、寸前で空路に止められた。

「アレは術を解除しない限り、ココからの攻撃は反射されてしまう」

 そう言いながら、3人の方を睨んだ。

「蓮弥、確かにお前の先代はアートを授かる術を自ら失ってしまった。けど、樹嶋には生まれてから死ぬまでアートを授かれない奴だって居る。アートを持てないのは蓮弥だけじゃあ・・・・・・」
「黙れ!!下手な慰めは必要無い!!汚点と呼ばれた先代も所詮は樹嶋の狢、僕は樹嶋を・・・・・・」
「空路、今の俺達は形勢が悪い!・・・・・・引くぞ!!」
 橙宕がカサロスに合図をすると、2人を抱えながら後ろの壁を蹴破って逃げて行った。


 其処に取り残された空路・笹女・橘・伊厘・桂丞、そして朔刃。
 数秒の沈黙が流れた。


「っと・・・・・・、朔刃は大丈夫か?」
 橘が桂丞の方を見ると、朔刃は未だ意識が戻っていない様子だった。
「・・・・・・とりあえず、後の事は帰ってからだ」



「・・・・・・桂花・・・」



















 樹嶋分家・朔刃の家。
 居間には両親・空路・笹女・橘、そして桂丞が揃っていた。

 既に話が通っていた両親は、10年振りに生を受けている桂丞との再会に号泣した。
 10年間ずっと水脈の中に眠っていた桂丞に何度も会いに行き、都綺が桂丞である事は判っていたものの、たとえアートであろうとも人間の姿で触れ合えると云う幸せは何者にも代えられない。
 
 リビングに朔刃の主治医である樹嶋由嗚(ゆお)が入って来た。

「急激な疲労が溜まってたみたいだ。だから今晩の所は充分に休ませておけば大丈夫だ」

 その言葉に全員がホッと胸を撫で下ろした。
「由嗚君。本当、何から何まで有難う・・・・・・」
「眸小母さん、そんなに畏まらないで下さいよ。診察しただけですから・・・・・・」
「いや、今回だけじゃないからな。いつも朔刃が世話になってるが、ちゃんとした礼も出来なくて・・・」
「秋光叔父さんも・・・・・・別にそんなつもりじゃあ・・・・・・」
 朔刃の母の眸(ひとみ)・父の秋光(あきみつ)は由嗚に何度も頭を下げるが、由嗚は困った様な苦笑を浮かべている。


 事件が起こる前までの由嗚は、病院で与えられた仕事をこなすだけの機械的な日々を過ごしていた。
 桂花と桂丞の事件から1ヵ月後、朔刃の左脚から後遺症と思われる症状が出た。
 傷の内部から刺さる様な痛みと部分麻痺などの症状が、不定期に何度も起こっていた。
 幼い朔刃が死に物狂いで後遺症と闘う姿を見た。
 人の命を預かる仕事をしているのに、自分は生温い事だけやっていたと衝撃を受け、自分を恥じた。
 そんな朔刃の手助けをしたいと強く想い、当時勤務していた病院を辞めて樹嶋家の専属医・そして朔刃の主治医となった。
 彼も勿論アート使いで、人型で妖精の姿をした「エクラール」が居る。


 朔刃の左脚は普段はレッグウォーマーで隠されているので判らないが、太腿から踵まで斬り付けられた傷痕が10年経った今でも消える事が出来ない。
 気丈に振舞ってはいるものの、やはり女性であるので傷を見られて不気味がられるのが嫌だと思っている。
 体育や水泳などの時間では、研究島アヴァロンで造られた特殊ストッキングで傷を見られるのを回避している。

 


「由嗚おにーさん、朔刃ちゃんの顔を見るだけでも・・・・・・ダメ?」
 笹女が両手を合わせ、お願い!と頼んでいる。

「仕方無いなぁ・・・・・・さっき診たばっかりだし本人だって疲労困憊してるハズだから、寝てたら速攻戻って来るんだぞ」
「はぁ~い、ありがとですぅ!伊厘、行きますですぅ~」

 静かにするんだぞと言う空路の注意を聞きながら、笹女は伊厘を連れてスキップしながらリビングから出た。


「おい桂丞。それに叔父さん、小母さん。・・・・・・桂丞は今回の件で今度は人間として・・・・・・まぁ、人型としての転生を果たしたワケだが・・・・・・これから4人どうするつもりだ?」

 空路の質問に僅かな沈黙が流れた。
「桂丞。お前がアートであろうとも、私達の息子と云う事実に変わりは無い。朔刃も桂丞も、2人が居ないと楽しくないからな」
「秋光君・・・・・・いやー、たまにはカッコイイ事も言うのねぇ!アタシ、惚れ直しちゃったわ。桂丞、大丈夫よ。都綺だろうと桂丞だろうと、アンタ達はアタシの自慢の息子だって自慢してやるから・・・・・・」
「眸。少し落ち着いて・・・・・・」
「秋光君は落ち着き過ぎなのよ!こんな嬉しい日が来るとは思ってもいなかったから・・・・・・」
 さすが母娘と云った所か、眸のDNAは確実に朔刃が受け継いでいる様に思える。

「・・・・・・杞憂だったな」
 空路は軽く笑うと、煙草を取り出して火を点けようとしたが、眸に我が家は禁煙だから煙草は外で吸いなさいと言われた。


 階段を駆け足で駆け下りる音が聞こえて来た。
 笹女が戻って来たんだなと思い、御暇するかと思って立ち上がった。


「大変ですぅ、朔刃ちゃんが居なくなってたですぅ~!!」

「・・・・・・は?」

 笹女の報告に、全員が固まった。

「あの・・・・・・あのね、笹女が部屋に入ったら、もう誰もいなくて・・・・・・」


 説明が終わる前に、桂丞を先頭にして朔刃の部屋に向かった。











登場人物紹介
●樹嶋朔刃/アート消失中
●樹嶋笹女/アート:伊厘

●樹嶋橘/アート:ブレイク

●樹嶋秋光/朔刃の父
●樹嶋眸/朔刃の母

●樹嶋由嗚/樹嶋家の専属医

●樹嶋空路/樹嶋家当主

●樹嶋蓮弥

●桂丞/朔刃の兄

  • 最終更新:2010-06-17 00:30:43

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