鬼さんこちら <1>




「此処に居る事」

「独りじゃないから」

「離れないで」

「此処に居る」




 樹嶋家。

 武門と芸門の道で名の知れた一族。
 表と裏。
 表、武芸の門戸。
 裏、真名属性が純度の高い【黒】が生まれる血筋。

 樹嶋に身を置く人間は高確率で【黒】の属性を得ると云う、特殊能力と謂われる真名を持つ人間の中でも更に特殊な系統の一族。
 しかし、それ以上に知られていない事がある。


『希少な確率で【青】が生まれる』


 純正の【黒】の中では有り得ない話に思われるのだが、樹嶋家では変異種的存在。
 【青】が【黒】に能力を増幅させる影響力を持っている。
 純正に拘るが故、その存在を外部に漏洩されないために【青】の存在は初めから無いものとして、頑なに隠され続けられている存在でもある。
 【青】の能力を持つ者への不自由は与えられていない。
 在るとすれば、同じ色になれないと云う本人にしか判らないジレンマだけ。



 これから語られるのは、樹嶋一族に【青】の能力を持つ人間が生まれた事で起こった二つの事件。
 

 



















 初冬の午後。
 駅から2人の女性が降り立った。
 一人は女性ながらにしっかりした体格、銀髪にピンク色のメッシュの髪。髪の毛を括っているリボンと首に巻いているチョーカーには苺の飾りが付いている。
 一人は小柄で栗色の髪の毛に柔和な雰囲気を醸し出しており、女性と言うよりは少女と言った方が正しいかも知れない。

 銀髪の女性、樹嶋朔刃。
 樹嶋家分家に生まれ、幼少時より武術を嗜んで来た女性。
 鋭い目付きと細身ながらも鍛えられた身体、迫力美人と言った所だろうか。
 そして日本刀型のアートである【都綺(つき)】が腰に巻かれてある鎖に絡められている。

 小柄の女性、樹嶋笹女。
 樹嶋家本家の第3子・次女。
 小動物を連想させられる容姿は小柄で愛らしい。その風貌とは裏腹に、本家ではトップの座に位置しているうえ、舞踊の跡取りとされているので、その見た目だけでは侮れない。
 傍らには蝶だが妖精の風貌を持つアートの【伊厘(いりん)】が寄り添っている。


 この2人、正真正銘の親族で従姉妹同士である。
 本家の笹女と分家の朔刃。
 同い年と云う事も手伝って仲は良い。
 行動を共にする事が多いのだが、それは影ながら本家の娘を護ると云う意味を兼ねている。
 誰かに言われたのでは無いのだが、朔刃にとって自然に行われている行動なので何かが無い限り止めるつもりは無いらしい。


 彼女達は私立風見ヶ原学園に在籍している正真正銘の真名・アート所持者である。
 真名を所持しているだけでも特殊能力なのだが、それ以上に朔刃には特殊な箇所がある。

 それは朔刃が樹嶋家で希少の【青】の能力者だと云う事。
 樹嶋一族の中では唯一の【青】を持つ人間なので、重宝されていると同時に影ながら樹嶋家から隠された存在と云う特有のジレンマを抱えているハズだが、本人は特に気にしていないらしいので肝が据わっているのか無頓着なのかは謎である。

 そして、【青】と【黒】とは関係が無い朔刃の最たる秘密。


 幼少時の記憶が全く無く、慢性的な記憶喪失に陥っている。


 5歳頃、事故に遭った時の衝撃で、それまでの記憶を無くした。
 話を聞こうとしても、何故か肝心な所で核心に触れられないので詳細は未だに分からない。
 自分の事とは言え、知らない方が懸命なのかも知れないと心の中で許している所もあるのだが。














 普段は全寮制なので、連休を利用した短い帰省に訪れた。
 2人の地元は風間市から電車で約2時間掛かる距離にある。

「ふー。やっと着いたねぇ~」
「そうね」
 おっとりとしている口調が笹女で、それに答えたのが朔刃。
「少し寒いけどぉ~歩いて行くぅ~?」
 初冬とは言え、太陽の日差しが暖かいので心地良い。
「まぁ、時間は掛かるけど・・・・・・まぁイイわ」
 空を見上げて少し考えた後に、笹女の意見に同意した。
 そして、2人は並んで歩き出した。












 歩き続けて大分経つ。
 2人は河川敷で一休みしていた。
 初冬の所為だろうか、2人以外の人の姿は見えない。
「前に帰ったのは笹女だけだったわよね」
「えーとぉ・・・・・・先々月だったかなぁ~?あの時は朔刃ちゃんが遠征だったからぁ、笹女だけ帰省しちゃったもんねぇ~」
「そうそう、試合だったものねェ。ま、仕方ないわ」
と、他愛の無い会話を続けていたが、徐に時計を見た。
「大分休んでいたみたいね。そろそろ・・・・・・行く?」
「そうだねぇ~」
と、立ち上がった瞬間、何処かから気配を感じた。

「都綺」
「あぁ」

 朔刃は中腰の姿勢のまま都綺の柄に手を掛けると、周囲の気配を探り始めた。
「?・・・朔刃ちゃ・・・・・・」
「静かに。・・・・・・伊厘」
「判っておる」
 笹女の問いを遮る様に制すると、伊厘がミニサイズから大人と同じ大きさに姿を変えると笹女を護る様に構える。
「・・・・・・囲まれているな」
「えぇ」

 周囲に誰も居ない事に違和感を感じなかったのが油断だったのだ。
 自分らしからぬ失敗に軽く舌を鳴らすと、ゆっくりと立ち上がり周辺に響く声で叫んだ。

「誰なの、隠れていないで出て来なさい!」

 その声に同意したかの様に、4人の男女とアートが出て来た。
「さすがですね」
 落ち着いた雰囲気の20代後半と思われる男性が最初に口を開いた。
「・・・・・・」
 いつでも戦闘に入れる様に、都綺と共に臨戦態勢を崩さないでいる朔刃。
 キッと睨んで4人を見据えると、それを見た男はフゥと息を吐いた。

「・・・・・・樹嶋家の第三子、本家次女の樹嶋笹女さん。君が居れば当主に近付くってワケですか」
「え!?」
「・・・!!」

 男がそう言うと、それが合図だったかの様に2人の前に3人が歩み出て来るが、笹女を背に伊厘と朔刃が立ち塞がった。

「笹女に用があるならアタシを通して貰えないかしら?」
「何者じゃ。内容によってはアート同士とて容赦せぬぞ」

 朔刃は鞘から刃身を抜き、伊厘は淡い紫の光を纏わせながら羽を広げる。
「・・・・・・お姫様を護る騎士様って感じでしょうね。やれ」
 男がそう言うと、3人がそれぞれのアートに合図を送った。


「漁火!」
「カサロス!」
「蛇鞭!」


 一番最初にアートを出現させた男は、掴み所の無さそうな様子で終始口元に笑みを浮かべている。
 沢 修介(さわ しゅうすけ)
 アートは獣型・黒豹の[漁火]

 指示を出す男の盾になる様にしている無表情の男。
 有崎 橙宕(ありさき とうご)
 アートは人型・蝙蝠羽根の少年[カサロス]

 紅一点の茶髪のロングヘアの女性。
 平丸 莉那(ひらまる りな)  
 アートは物型・腕に一体化している鞭の[蛇鞭]


「雷迅障壁!!」
 誰よりも早く、朔刃は防御能力を発動させた。
「伊厘、此処は笹女を連れて先に逃げて」
 都綺を斜めに構えながら雷の壁の範囲を広げて行く。
「何じゃと?お主だけでは多勢に無勢じゃ・・・・・・」
「10分」
 鞘に手を掛けると、鞘から青白い稲妻が見えた。

「それ以上は持たないわ。確か、この近くに橘が住んでいたハズだから、橘を連れて来て。最も・・・・・・居ればの話なんだけど」

 朔刃の言う『橘』とは樹嶋家の人間の一人で、現在は一人暮らしの生活を送っている。
 樹嶋家から少し離れたこの付近に住んでいる。

「しかし・・・・・・」
「あいつらの目的は笹女なの!だから早くしなさい!」
 朔刃は大声で伊厘に一喝を入れる。それに反応した伊厘は笹女を抱え、一目散に朔刃に背を向けて飛び出した。
「朔刃ちゃん、待って、笹女も・・・・・・」
 ドップラー効果の様に、笹女の声が遠ざかるのを確認すると障壁を解き、4人と対峙する。
「成程・・・・・・笹女さんを遠ざける方が最良・・・・・・修介、頼んだ」
「俺?おっけー。漁火、行くか」
 修介はアートの漁火に跨り、朔刃の頭上を高く飛び越えて伊厘と笹女を追い駆けた。
「あっ・・・・・・!」
 今すぐにでも追撃に向かいたかったが、3対1なのですぐに追い着かれるだろう。しかし、伊厘が居るから此処よりは安全だと判断した。
 改めて都綺を構え直し、3人と対峙する。
(マナスとモノス、しかもモノスと戦うって事は、あの女の人と同時に戦うって事よね・・・・・・でも)
 冷静に分析するが、1つだけ気になる事があった。
 恐らくリーダーであろう男はアート使いなのか否かが判らない。
 今抜けた1人と2人はアートの姿も確認した。しかし、あの男はアートを隠しているのだろうか。
 それが気掛かりで迂闊に近付けないでいるが、いつまでもこうしている訳にも行かない。

 負け戦は好きでは無い。
 しかし、さすがにアート使いを含む3人を相手にするとなると勝機は無いが、決してゼロでは無い。

(今のアタシに出来る事―――――・・・・・・笹女が安全な所に逃げるまで時間を稼ぐ)

 
「さぁ、誰を先に倒したらイイのかしら?」


 虚勢かも知れないが、余裕の笑みを浮かべて剣先を3人に向けた。















登場人物紹介
●樹嶋朔刃(きしま さくば)/風見ヶ原学園生徒・高等部2年/17歳/青鋭鳳
アート:都綺/物型
●樹嶋笹女(きしま ささめ)/風見ヶ原学園生徒・高等部2年/17歳/黒清蝶
アート:伊厘/人型

●沢 修介(さわ しゅうすけ)
アート:漁火(いさりび)/獣型
●有崎 橙宕(ありさき とうご)
アート:カサロス/人型
●平丸 莉那(ひらまる りな)
アート:蛇鞭(じゃべん)/物型

●男性/?

  • 最終更新:2010-06-17 00:09:34

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