鬼さんこちら <11>


 布団が捲れ上がった状態で、部屋の主だけが居ない状態。

 空路はガリガリと頭を掻きながら、やられたと言わんばかりの様子を見せた。
「ったく・・・・・・次から次へと・・・・・・。バナ、由嗚、多分まだ遠くへは行っていないハズだ、手分けして・・・・・・」
「・・・・・・空路、俺が探しに行く」
「あ?」
 その言葉に全員が声の主の桂丞に目を向けたが、眸が慌てて止めに入った。
「桂丞・・・・・・でもねぇ、夜だし時間だって遅いじゃないの。大人数で探した方が・・・・・・」
「眸・・・桂丞に任せよう。桂丞、頼んでもイイか?」
「すぐに見付けて来る」
 窓を開けると迷いも無く暗闇の中に飛び出し、すぐに全員の視線から姿を消した。


「叔父さん、アイツに任せて平気なのか?何だったら他の面子にも声掛けて探しに出させるぜ?」
「心配しなくても大丈夫だ。何たって・・・・・・」


 
 現時点での桂丞は誰にも使役していない野良アート状態なので、朔刃の気配は感じ取れない。
 共に生を受けた17年だが、兄である事を隠して生きると決めたのは11年前。
 朔刃を護れる事が出来るのは、自分しかいない。
 朔刃の側から片時も離れる事も無く、楽しい事・嬉しい事・時には苦しい事や辛い事、全ての思いを共有して生きていた。
 両親以上に、朔刃の事を判っていた。

 だからこそ、朔刃が今ドコで何を思っているのかが判ってしまった。


「俺を・・・お前の兄貴を甘く見るなよ・・・・・・あのバカが!!」





 夜空を彩る満月。
 まるで、その光が指し示したかの様に、桂丞は在る場所へと辿り着いた。

 満月に照らされながら聳え立つ巨大な樹木の幹に人の姿、即ち朔刃の姿があった。

「朔刃」

 幹に凭れたまま、桂丞の呼び掛けに振り返った朔刃が困惑した様子で桂丞と対峙する。

「アタシね、自分が誰なのか判らなかった。皆が「こういう子だった」って言うから、あぁそうか、自分はそういう過去を持っていたんだ・・・・・・って、信じたわ。勿論、本当の事も含まれていたから否定も出来ないわ。例えば、橘の弟を泣かせた事は写真にも残っていたからね」

 木の幹に凭れながら、薄い微笑みを浮かべながら掠れた様な声で話し始めると、桂丞は黙って朔刃の話に耳を傾けた。

「例えば、笹女と遊んでいた時にユリ小母さまの洋服で着せ替えゴッコ、空路のデザイン服のモデルのアルバイト、道場に通ってる埼君と耐久戦したり・・・・・・皆が教えてくれたアタシの事に、嘘偽りは一つも無くて」

 その言葉に何か勘付いた桂丞は、朔刃の元へ歩み寄ろうとしたが、何故か踏み止まってしまった。



「血塗れになっていた姿を見て・・・・・・全部、思い出した」



 至近距離まで桂丞が近付き、朔刃を囲う様に両手で樹の幹に手を付く。


「あの時と一緒だったから・・・・・・桂丞・・・」


 朔刃は、忘れていたはずの兄の名前を呼んだ。


「アタシが居たから、桂丞が殺された・・・・・・あの時、アタシが1人だけだったら、桂丞は助かってたのよ・・・・・・」


 今にも泣きそうな様子に、チクリと胸が痛んだ。



「アタシが居たから・・・・・・っ」
「お前は悪くない」


 ドクン・・・と、心臓の鼓動が大きく響いた。



「最後の記憶だけ戻すぞ」


 そう言い、朔刃の頭に触れた。
 頭の中の靄が一瞬で掻き消され、桂丞を通して何かが流れ込んで来た。













『桂花が目を醒ました時、桂丞の事は忘れてる事になるんだぞ?』
『う・・・っ、・・・・・・構わねー・・・よ。・・・・・・もう、見ていられねぇ』

 既に人間としての姿を無くし、日本刀アートの都綺と融合した桂丞は今後の事を父と話していた。

『・・・・・・ぅ、ぁ・・・・・・っ、桂花のせいで・・・・・・桂丞が・・・桂丞が・・・・・・う、うああああああっ!!!』
『桂花ちゃん・・・・・・誰か心癒系の回復持ってる人はいないの!?落ち着かせて!!』
『傷が開いてしまう・・・・・・まず傷が拡がるのを止めるんだ!!』

 隣の部屋から意識を取り戻した桂花の声が聞こえている。
 自分の目の前で兄を殺された姿を見たせいで、錯乱状態の泣き声と叫び声が絶え間無く続いていた。
 
『そうかも知れないけど・・・・・・お前、桂花に忘れられても平気なワケ無いだろ?』

『桂花に忘れられんのは・・・・・・イヤだけど、オレは桂花を忘れない。だから、桂花を護るために強くなる』



 暴れる桂花の手に、都綺を握らせた瞬間、都綺と桂花の手から蒼く激しい閃光が起こった。
 桂花がアートを受け入れた瞬間だった・・・・・・が


 先程まで黒々としていた髪の色が、一瞬にして真っ白に変わっていた。
 この変化に誰もが言葉を失ったが、桂花の口から発された言葉は更に全員を凍り付かせた。




「・・・・・・ここ・・・・・・どこ?・・・・・・・・・・・・家に、かえりたい」




 ザワツキが起こった。
 その中の1人が「そんな事は無い」と願いながら、桂花に尋ねた。



「キミ・・・・・・自分の名前と・・・・・・お兄ちゃんの名前、言える?」

「なまえ・・・・・・?・・・・・・おにい、ちゃ・・・・・・ん・・・・・・?」




 名前も、先程まで泣き叫んでいた事も、両親も、そして自分の為に犠牲となった兄も。
 これまでの思い出も全て、喪失していた。













 其処で記憶の中に残っていた映像が途切れ、現実に引き戻された。


 



「アタシは桂花に戻れない。だけど、朔刃でも無い・・・・・・どうしたらイイのかなんて、考えても判らない・・・・・・でも・・・・・・」



 手を伸ばすと、必ず握り返してくれた小さいけれど大きな手。
 ある日、何かが無くなり、何かが自分の側に居た。
 温かくて、柔らかくて、頼りになって、安心出来て、気持ち良くて。
 親に怒られた時や宿題が出来なかった時は助けてくれなかったけど。
 一緒に居るだけで、心の中が満たされていた。

 一番近くに居てくれたのに、一番遠い場所に居た。
 だから、もう遠くへ行かないで欲しい。
 ワガママと言われても構わない。


 目が熱くなり堪え切れなかった涙が一筋、頬を伝う。
 唯一つ願う事、其れは―――――





「護るって決めたんでしょう?・・・・・・死ぬ瞬間まで離れるんじゃないわよ!!」 





 桂丞の服を握り締め、声を上げながら泣き崩れた。
 
 


「同時死、か・・・・・・縁起でも無い事を・・・・・・」


 朔刃の言葉に桂丞は苦笑を浮かべていたが、嫌な気分にはならなかった。















 此処で過ごした一時の記憶を思い出した。


「お兄ちゃん、まだー?」
「もうすぐだよ。ほら、アレ!!」
 桂丞が指差す先に見えたのは、1本の大きな樹木。
 樹の幹を触りながら桂花が頭上に生い茂る葉を眺める。

「凄く、大きいね」
「そうだな」
 短く言葉を交わすと、黙って樹木を見上げていた。
「桂花、この樹って何だか知ってるか?」
「うん。お母さんとお父さん、いつも話していたもん」
 桂丞の質問に自信満々で答える桂花。
「これは「桂」って言うの」
「そうだなー。この樹から、俺達の名前を付けたって言ってたもんな」

 そう言うと、持っていた枝で地面に「桂」と云う字を書いた。


















「もう・・・・・・忘れないわよ・・・・・・・・・・・・」


 その呟きに応えるかの様に、桂の葉がサワサワと揺れた。













登場人物紹介
●樹嶋朔刃/真名:青鋭蛇/アート:桂丞(人型)
アートが実兄

●桂丞/アート/朔刃の実兄

  • 最終更新:2010-06-17 00:31:51

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